水中出産の紹介記事を読んで感じた違和感

私らしい出産、自然なお産・・・
先日あるニュースサイトを見ていると、水中出産を紹介している記事に目が留まりました。芸能人の間で流行っているのでご紹介!という趣旨で、デメリットにも軽くふれられてはいましたが、全体的にはとてもライトな記事でした。最近、私らしい出産、自然なお産、医療に頼らない昔ながらの・・・そういった出産方法にスポットライトが当てられることが多いような気がします。お産は人類が繰り返してきた自然な行為なのだから、人工的なものはなるべくないほうがいいという考え方が根底にあるのだと思います。このような記事を読むといつも、出産に関するある痛ましいニュースを思い出します。国内のある助産所でひとりのお母さんが数日間に渡って水中出産を試みました。その結果、水中出産に使われた不衛生なプールの水によって赤ちゃんが重症の細菌感染を起こして亡くなった、というとても悲しいニュースでした。亡くなった赤ちゃんの胃は細菌でいっぱいだったそうです。このニュースを知ってから、特にまだ自分の意思で行動できない子供に関しては、世の中にあふれる真偽不明の膨大な情報の中から、正しい情報を自分が選択しなくてはと心に決めました。もしこのお母さんが事前に水中出産の重大なリスクを知る機会があり、病院で通常の分娩方法を選択していたら、相当高い確率で赤ちゃんは助かっていたと思われるからです。そのお母さんにとっても、赤ちゃんにとっても悲劇で、お母さんの心境を思うと今でも胸が締めつけらる気持ちになります。
米国産科婦人科学会が水中出産に警鐘
まず、水中出産が自然な分娩方法かどうかは、陸上で生活する哺乳類で水中出産する動物など自然界にいないという事実を考えていただければと思います。日本では対応する設備がとても少ないにも関わらず、水中出産における細菌感染による胎児死亡例はすでに複数、そしてお母さんの死亡例も報告されています。日本よりはるかに水中出産が一般的なアメリカでは、米国産科婦人科学会(ACOG)が「Underwater Delivery Is a Bad Idea(水中出産は悪いアイデア)」との勧告を出しています(※1)。それによると、分娩第二期(子宮口全開~胎児娩出)を水中で行うことの安全性は確立されておらず、胎児の誤嚥、溺水、細菌感染、低ナトリウム血症、臍帯断裂、死亡という有害事象が報告されているとのこと。ちなみに分娩第一期(陣痛開始~子宮口全開)を水中で過ごすことは、痛みの軽減や、分娩時間の短縮、使用する麻酔量の軽減などが期待されているものの、予後改善を示すような科学的根拠はないとのこと。要は水中出産は安全性が確認できていないので、「Don’t do it(やってはいけない)」と明記されています。
日本のお産の現場をとりまく環境
日本産婦人科医会の発表(※2)では、日本で2015年に出産で亡くなられた方は50名で、死因として最も多いのが産科危機的出血(26%)、脳出血(16%)、羊水塞栓症(13%)とのことです(※2)。実際に私の周りにも最近の出産で大量出血し、緊急輸血したという方がいます。さらに、厚労省の統計データ(※3)によると、1982年に出産で亡くなったのは人口10万人当たり18人(0.018%)、2007年では同3人(0.003%)です。私が産まれた80年代の話ですが、母の友人は都内の病院で夜に出産したのですが、その方も含めて一晩に3名もの赤ちゃんが死産だったことを後で知ったそうです。この統計データから分かるように、現在の日本は世界屈指の低い妊産婦死亡率を誇っています。いうまでもなく医療技術が格段に進歩して、昔なら難しい出産でも安全に行えるようになったからですね。
安全・安心以上に価値のあるものはあるのか
これでも医療に極力頼らない昔ながらの出産方法が、自然な出産でのぞましいといえるのでしょうか。。。私にはその考えがよく理解できませんし、世間に多大な影響力のある芸能人が安全性の確立されていない出産方法(しかも海外での出産をふくむ)を絶賛する無責任さにもかなり違和感を持ってしまいます。出産方法や分娩場所の選択はもはや単なる「自己責任」の世界ではなく、二人もしくはそれ以上(多胎の場合)の生死が関わっている、いわば命がけの選択となります。この記事をきっかけに、母体と胎児の安心・安全を第一に考える方が一人でも増え、本来なら助かるはずだった命がこれ以上失われないことを願ってやみません。
【出典】
※1:ACOG Rep Says Underwater Delivery Is a Bad Idea
※2:母体安全への提言2015(日本産婦人科医会)
※3:わが国の妊産婦死亡率(出産10万対)の年次推移(厚生労働省)

たまにはまじめな記事も書きます

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